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熱中症

完全になりましたね。
昨日の朝、可児市内の幼稚園に巡回教室に行ったんですが、それから体が熱くて仕方ない。
そして頭も痛い。
1時間もあの暑い中水分を摂らなかったのが原因だろう。
昼寝をしても変わらない、体が熱い。体温がおかしい。
そんな中、夕方スクールとナイター練習。

ナイター練習には2期生6人が高校の部活を終えてから集まって応援に来てくれた。ありがとう!中京組は20時過ぎに合流してくれた。3年生がオイタをしたので1/3は走りメニューでしたが、それにも付き合ってくれました。卒業しても走るなんて大変な思いをさせてすみませんでした。ゲームでは少しロングボールを蹴って欲しかったので丁度いい相手になってくれました。本当にありがとう!

そんな練習を終えると体がまだまだ熱い。帰宅して食事を摂って味噌汁を飲むと余計に熱くなった。
それどころか息苦しくなってきた。
初体験だ。
ヤバヒィ~、死ぬ~

と思いながら氷嚢を3つ持って寝る。枕に、脇に、股間に、と完全防備で寝た。
朝起きるとそれでも熱い。食欲はあるので食事は摂り、少し事務処理(新型インフルエンザの影響でクラブの大会の日程変更を調整)をしてまた睡眠。

そして今日の夕方のスクール。体育館はまた暑いからイヤだったが、仕事なのでブーブー言えない。
年中、年長と遊ぶ。汗をかなりかく。
なんか少し良くなった気分。小さい子たちに元気をもらったのか??
ナイタースクール。悪くない体調になった。しかしドリブルでフェイントをやろうとしても上手くいかない。ただ下手になっただけか?体調が悪いのか?それとも○○。○○のNEWトレシューが馴染んでないからか?
気分より機嫌が悪くなった(笑)

そして今帰宅して食事して事務処理して・・・。
まだ体温を感じるが頭痛や息苦しさはない。
しっかり休んで仕事に励める体にせなあきませんね。

皆さんも暑い中での水分補給を含めた体調管理、気をつけて下さい。
私も熱中症を初体験しましたが、これはキツイですね。

卒業生、夏休みに3年生相手に高校レベルを魅せに来てくださいな。



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無題




たまたま毎年3月末に新聞に出る教員の移動を見てたら、あっ私の中学3年の時の担任の○○先生が○○小学校に移動だ、って気づきました。中学校と小学校の教員の違いがよく分かりませんが、○○先生はオモロイし、懐が深いからいろんな子供に対応できるんだろうな~と新聞を見て思いました。

先日、とあるスクール生のお母さんと話したら、実はスクール生のお兄ちゃんの担任の先生が私の中学3年時の○○先生だったようです。
私の話をお母さんがしたら、○○先生は15年も前の生徒なのに覚えてくれていたそうで、ジロウザエモンは元気か?とお母さんに逆に質問していたそうです。※ジロウザエモンと私のことを呼ぶのは30年生きてきて○○先生のみですが(笑)

私についてもいろんな思いで話と私を評価してくれる発言があり褒めていてくれてたそうで、年甲斐もなく嬉しく思いました。こんな年になって人に褒められることもないと感じてましたし、褒められても嬉しくねーしって思ってたら素直に嬉しかったね。

いつか○○小学校に行ってみてお話しがしたい方ができました。

昨日は12時に広見グランドに寄り、U13のグランド準備に参加してからU15の中京高での試合に移動でした。
広見グランドに寄ると東濃実業と社会人のチームが試合をしていました。東濃実業には2期生の選手が2人在籍してるので、サッカー部の話や思い出話などができました。
そして昼からの中京高では1期生が1人、2期生が4人も在籍してるので、会えたらいいな~と思っていたら全員と逢うことができ、しっかりと挨拶に来てくれ、全員と試合をすることができました。また彼らとサッカーの話しだけでなく高校生活についても多くの話しが聞けました。
東濃実業、中京高どちらの選手も成長はまだまだこれからだとは思いますが、いい顔をしていた(サッカーを楽しんでいる)のでホッとしましたし、彼らの高校サッカーでの活躍が再度楽しみになりました。

そして最後の話題は画像のユニフォームです。
オランダフェイエノールトのユニフォームサプライヤーがPUMAに変わりました。
大事件です。
私がPUMAの服を着ていたら、フェイエノールトの影響が少なからずあったと察して下さい(笑)

生死

6月28日、父親の三回忌だった。
最近、なかなか仏壇の前で手を合わせることも少なくなってきた。

私が父親の前で手を合わせて考えること。
『今日一日誰かに1つだけ優しくしよう。』『今日一日誰かに優しくできたか?』
そんなことを考える。
それは父親が優しい人だったから。いい加減で無関心でギャグに強い父親だったが、一番の印象は困った時に優しかった。
だから父親の長所を少しでも真似しようと父親が亡くなってから自身の心の中で続けて意識してきた。

三回忌、12時開始だったのに、和尚さんが遅れて来ない。1時間遅れでようやく始まる。
お経は短いので助かった。あのお経ってのはどれだけの意味があるのか?いつか調べてみたい。意味が分かれば歌を聞く様な感覚になるかもしれない。

和尚さんの言葉で印象に残ったものがある。

『人間は生まれると同時に、死というものに向かって生きている。』
『生ばかりを人間は気にしてしまうが、生と死は表裏一体である。』

そして
『身近な人間の死によって、人間は死について身近なものだと考えるようになる。』

とのお話。

なるほどね。どうしても生ばかりについて考えて、死というものに対しては目を背向けたくなるけど、そういってもいられないんだね。また父親の死によって死ぬということを受け入れる自分がいて、それを受け入れた時、自分にもその瞬間は来るんだと強く感じた時がありました。

最後に一番印象的だったのは、
『人間はいつか死ぬ。しかし浄土に行って必ず幸せになる。』
死んだ後に必ず幸せになる、そんな考えを持っていれば死を恐れず、前向きに生きていくことができるんじゃないかと思いました。

これからも死に向かって頑張って生きてくぞ!(変な表現ですね笑)