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1期生成人式(可児市)



1期生のお母さんから成人式の写真をいただきました。

どいつもこいつも生意気そうですが、かわいい子たちです。

中2の夏に朝6時から4部練習をして、その内の半分は走っていた代です。

歴代最強の持久力とメンタルをもったヤツらです。

これから彼らが幸せな人生を切り拓いていくことを願ってます。

しんどくなったら中2の夏を思い出せ。

君たちならどんな困難も走り勝てる!!

※アキホの胸毛は外人並だそうです、いつか5期生イマコウの脛毛と対決させたいです
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・・・・

http://football-uniform.seesaa.net/article/290381181.html

記事にあるようにイングランドのユニフォームがNIKEに変わるそうです。
UMBROがNIKEに買収された時からいつかはその時がくると思ってましたが・・。

フランスのNIKEには未だに違和感を感じるのはオレだけ?
フランスはadidasでしょ。
トリコロールじゃないフランスはどうも違う国のような気がします。

オランダもlottoの方がかっこよかった。最近のAWAYモデルなんかど適当な感じがするし。

FCVは今UMBROを使ってます。(質とデザインが理由)
いつかはそれが変わる時代も来るのか?
今のところは質もデザインも対応も満足してますけどね~。(長袖インナーシャツの金色を作らないのは困りますが・・)

年賀状



遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。


①『超えたい』

20歳過ぎたくらいの頃、知人に聞かれた。『あこがれるとか尊敬してるとかなりたい人って誰だ?』

私は答えた。『飯田健二』

その知人は言った。『俺にもあこがれる人はいる。美濃加茂の服屋の店長だ。でも俺の場合はあこがれるのも

あるが超えたい人だ。』

私は思った。『超えたい人か~、飯田健二は無理だろ~。デカすぎるわ。』



②『FCVの根幹にあるもの』

2年くらい前に、他の指導者の方に聞かれた。『FCVの考え方のベースにあるものは何?』

私は答えた。『飯田イズム!』

その方はまったく想像してなかったようで困った表情。多分ドリブルが~~みたいな答えが欲しかったんでしょうが。

サッカーを通じて選手を人として成長させる。子供の意見に聞く耳をもつ。

そんなところか。



そんな『飯田健二』先生の年賀状の一言は毎年胸に響くものがある。


今年も素敵な一言。

今年の3月で定年になるのだが、ここから人生がまた始まるかのようなポジティブっぷり。

やはり飯田健二はいつまでも超えられないわ。

しかし飯田健二を超えることを考えるより、野村次郎として生きていくことの方が楽しく生き甲斐があるようにも感じるようになったここ最近。


最後に、今年年賀状を見て気付いたこと。

当たり前かも知れないが、直筆で言葉が書いてあるものとそうでないものがまったく違うものだと感じた。

ただの紙なのか、プレゼントか。それくらいの違いがあることに気付いた。

私の年賀状には残念ながら言葉を添えてなかった。

来年からは気をつけようと思った。


『ない』ことの重要性




FCVの創部は、2005年1月。

可児にクラブがなく、可児の選手が他の地域でプレーせざるを得ない状況があった。

クラブが1つも『なかった』。

だからFCVを創った。

写真は1期生の高円宮杯県大会出場決定戦のハーフタイム。

FCVには歴史が『なかった』。FCVの存在価値を示す必要性があった。

だからこの試合に勝って岐阜県ベスト8という結果を残す必要性、高い意気込みがあった。


〇〇がない。

『ない』ことってとても大切。

『ない』からこそ人間は『ある』ようになるよう考える。そして頑張る。


選手育成にも『ない』ことがとても重要。

なんでもかんでも親が干渉する選手は、物事を親任せにしてすべて受身。

スクール生が、『コーチ、〇〇忘れました。親が用意してなかったんです。』

私は思う。親は子供のためによかれと思って用意するのだろうけど、それは子供のためにはなっておらず、甘えた何もできない人間を育てる助長にしかなってないのだと。

選手には『ない』ことが大切。

誰だってそうだろう。黙っていても何かしてもらえるとか食べ物をもらえるのであれば自分で探すことはしないだろう。

何もしてもらえない、食べ物ももらえない。

『ない』なら生きていくとか必要性が出てきたので自分で解決しようと試みるだろう。

親も指導者も与えすぎずに待つ。

親や指導者の過干渉は指示待ち、自分で何も出来ないもやしっ子を育成に繋がる。

選手は『なにもしてもらえない』からこそ、自分でやろうと解決しようとする。

昔コミュニケーションスキルの講義で講師が言ってた。

『親や指導者は察しても黙って観ていて、察しが悪いふりするくらいが子供の自立・成長にはちょうどいい』

その通りだと思う。

『ない』からこそ考えて、頑張る選手を育成する。

親と指導者がなんでも用意してやってあげる甘ったれ人間を育成するのか?

それとも本当に自立した選手を育成するのか?

FCVとしては常に『ない』ことを大切にし、自立(自分独力で立てる)した選手を育成したいと考える。


GO!

『when in Rome, do as the Romans do』

私と同じ高校出身の方なら理解できるだろう言葉。

耳にタコできるくらい覚えたはず。

少し前から、東海クラブユースサッカー連盟の役員になり、役員会に出席している。

今は右も左も分からず、【郷】がどんな場所なのか手探り状態である。

そして入った以上は東海連盟がHAPPYになるようなことを考えて、いつかは発言していかないといけないのだろう。

しかし、他人様の【土俵】に上がった時、自分の都合を通すようなことはないように気をつけないといけない。

『when in Rome, do as the Romans do』ね。

久しぶりに思いだしたわ。