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教えるということの重要さ

言うまでもなく、現在の教員採用試験ってのはスゴイ難関だと思う。
名古屋大学や、岐阜なら岐阜大学でなければ、大学卒業即採用なんてのはなかなかないと思う。
(岐阜聖徳大学は別だが)

要は勉強のエリートが教員採用への近道かと思う。

でも、個人的に思うことがある。

私が可児高時代に選抜クラスの頭のいい連中を別次元の人間だし、分かり合うことは難しいと思ってた。(中にはサッカー部繋がりでそんな中でも仲のいいのはいたが)
だって彼らはイタズラもしないし、多少の悪さもしない。
多分彼らにとっては私のような存在は煙たかったはず(笑)
そんな勉強のエリート達。正直かなわないスゴイ連中だと思う。東京大学とか行くやつはマジスゴイと思ってた。

でもね、そんな勉強エリートが研修を経ず、正式な教員になって、子供にものを教える。
これってヤバクない??
だって勉強エリート達に、イタズラ好きの子供たちの気持ちって到底理解できないでしょ?
それどころか毛嫌いすると思うし。

サッカーを全くやってなかった指導者に、サッカーの指導をしてもらう。
これってなかなか難しいでしょ?(野洲高の山本先生みたのもいるけどさ)
そんな感じの話しかな?

最近可茂地区のどこかの中学が横着だとか聞くけど、子供自体は昔と質は変わってないと思う。
教員の質が変わり、横着な子供のコントロールができなくなったんじゃないかと思う。
確かに私が学生の頃でも、子供に興味のない安定を選び教員になったような教員もいた。でも昔結構遊んでましたとか、社会人を経て脱サラして教員を選んだ教員がいた。そんな教員は子供の心を掴むのが上手だったと思う。(そう思いませんか??)

まぁ、体罰禁止なのは、先生にとってかなり厳しい状況だよね。私の高校時代までは『悪さ→殴られる』という図式でした。だからここまでやったら先生はキレルから止めとこうとか暗黙のラインがあったと思う。
でも、今は体罰禁止。私が現代っ子なら好き勝手やって、殴られたら教育委員会に言うぞ、とか教員を脅すと思う。頭の悪い私でもこんなことを思いつくんだから、今の子供はそんな考えを少なからず持ってると思う。

話は脱線したが、子供に教育を施すという大事な現場に、子供の為に頑張れる、子供の気持ちが分かる、理解しようとする、そんな教員がどれだけ大切か。

魅力的な大人が、子供を魅力的な人間へと成長させる。そんな図式をつくるための教員採用にならないかな~。そうしないと日本社会はヤバインじゃないの?

この野村日記を見てる教員の方へ
かなり失礼なことを書いてますが、全ての教員に対して書いてるわけではないので許してください。


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スクールの目的

今日から水曜選抜スクールが始まった。小4~6年で20名程度を選抜して始めたスクールだ。
非常にトレーニングがはかどる。選んだ選手なので技術や運動能力の差がなく、教えたことがすぐに選手に伝わる。いま在籍してる選手達を何年後かの可茂のスーパーな選手になっているよう、より基本練習に時間を割きながらも高い要求の指導していく。

一般的にサッカー指導は普及と強化があり、選抜スクールは強化の部分にあたる。
逆に火曜夕方、金曜ナイターは普及の部分にあたる。
現在の能力が高い選手には強化の指導をしていくことがいいと思われるし、現在の能力が低くても将来的に伸びるように指導をしていくのが普及にあたると思う。

FCVの売りは、現在の能力に合わせたスクールがあることだと思う。自分の現時点での能力に合わせたスクールに通い、レベルが上がれば選抜コースでより高い指導が受けれる。
今は選抜コースに選ばれてなくても、普及コースでしっかり真面目に練習をしていけば必ず上手になり、選抜コースの道が開けてくると思う。

実際に新中学1年の選手で、火曜ナイター(6年の選抜コース)に通わなくて、金曜ナイター(普及コース)に1年通った選手がいる。その選手が6年生になった時の能力は低かったが、当時の彼の能力に合った金曜ナイターで地道に練習に励み、上手になった結果、新中学1年のセレクションに合格した。

そんな選手を多く輩出するのもFCVスクールの役割だと思う。

サッカー指導者

私が大事にしてるブレスレットがあります。
ニュージーランド語学研修中には、一度無くしてしまいかなり苦い思いをしました。(結局バスケをしていた体育館にあったが)
そのブレスレットとは、私が会社員を辞める時に、他の社員の方が買ってくれたものです。
いつもそのブレスレットを見る度にこう思います。

『安定した職を捨ててまで、サッカー指導をやると決めた。だからこの仕事で泣き言を言うのは許さない。絶対に成功しなければいけない!!』

いつも楽な道を選び、物事が流されがちな野村。でもサッカー指導者を選んだ決断を安っぽいものにしないためにも強い気持ち、賢い頭(あるかな?)でクラブ運営をしていく。
特に中学3年には、『一つ一つのプレーに責任を持て!』と話してるので、自身の行動にも責任を持っていかなあかんな。


そんな強い気持ちでサッカー指導者をやっていかなあかんのだけど、今日はメッチャ近所にサッカー指導で飯を食べてる人と知り合った。
多治見市文化会館での青色申告の説明会に参加したんだけど、説明会が終わり、車に乗ろうとすると、どこからか『野村さーん』と声がする。誰か知り合いかと思って振り向いたが、一度も会ったことのないような方が笑ってみえる。『誰だ???』と思ったら、やっぱり会ったことはないらしい。
でも同じ団地に住んで愛知県でサッカー指導をされてるとのこと。しかも歩いて1分程のところに住んでみえる。いや~、ビックリです。サッカー指導者なんてそんなにいないと思ってたのに、こんな近くに住んでるなんて。元々は犬山出身の方のようで家を可児に建てたそう。
話を聞くと、海外でのコーチ研修の経験もあるそう。

私ももっと経歴にはくをつけるためにも、いつか海外でサッカー指導したいなぁ~。南アフリカで少し指導した時の緊張と快感。英語でサッカーを伝える。メッチャやってみたいわ。
まぁ、まずは日本でしっかり結果を出してからだけどさ。可茂の選手を上手くして全国に連れて行く。その目的を達成せなあかんわな。

野村衆議院議員誕生!?

昨日の県議会議員選挙、皆さんは行きましたか??

私は行きました。昔中華料理屋で会った方に投票しましたが、結果は・・・です。

選挙に行った時にいつも思うこと。思っちゃいけないけど、1票の小ささ。俺の1票なんて何の力にもならないんじゃない?と思いながらいつもモヤモヤしてんな。まぁ、そんなに興味はないんだけど。

多治見の選挙区では、同い年(28歳)の候補者が当選してたな~。と思ったら昔名刺交換したことのある人だ。多治見のフットサル場を経営する人やん。指導もしてるようだ。同い年とは思わなかったな~。昔FC岐阜に所属してたようで、私が選手時代に対戦してたかもね。

そんなことを思いながら、フットサル場は経営しないものの、同じサッカー指導者として私も選挙に立候補したら何票くらい集まるんだろう??と訳の分からない疑問を抱いた。

いつか議員さんになれるよう、明日も指導をがんばりま~す(笑)


人と人の繋がり

今日は中学の午前練習を終えて、昼から長良川球技メドウでのトレセン会議に参加した。
そこでの出来事。

メドウの事務所に入ると若い指導者っぽいのがいた。名前を見ると、MOCHIZUKIとシャツに入ってる。
社会人チーム『NK可児』の正GKが望月君という岐阜に住むGKだと聞いたことがあり、指導も岐阜や愛知でしてると聞いたことがあった。
私はNK可児の監督を2年前まで務めてたので、望月君の話は聞いたことがあり、普通に会話してた。

そうしたら、望月君から、
『実はジローさんとは随分前に会ったことありますよ。』と言われた。
野村『えっ、いつ?』
望月『ニコさんの通訳やってましたよね?』
野村『えっ、その時にいた選手?』
望月『そうです、その時に英語で話してたジローさんを見て今英語の勉強をしてます。』

実は、4~5年前に、オランダ人が中学生の岐阜県トレセンに指導をするのを私が通訳してた。その時の選手は結構インパクトがあり、今でも覚えてる。そのインパクトのある選手達の中にいたそうだ。2年連続で通訳したチームなので余計印象に残ってる。

あの時の中学生が今は自分と同じ指導者になっている。時間を感じた。
また今年もどれだけNK可児の試合に行けるか分からないが、望月君がいるのならちょっと顔を出そうかな、と思うキッカケにもなった。


昨年、グランパスのジュニアユースの監督と話した。その時も人の繋がりを感じた。
私が大学生になったばかりの時、中京大学の大学院生と一緒に静岡にベルデニック(元名古屋監督、スロベニア人、ゾーンプレスを日本に普及させた人物)の講義を受けたことがあった。非常に興味深いものでいまでもキックの指導をするときには、ベルデニックの理論を用いている。
そしてそのグランの監督と話した時に、スロベニアの話しになり、実はその時の通訳がグランの監督さんが務めていたとのことだった。27歳になって19歳の時に実は面識があったという話。

人と人の繋がりはどこで繋がってるか分からないね。