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好きなチーム、嫌いなチーム

指導を始めて自分の好きなチーム、嫌いなチームがはっきりしてきた。

嫌いなチーム。
1、ボディコンタクトがあるとすぐに痛がったり、すぐに倒れる
2、シャツを引っ張る
3、おちゃらけてる

好きなチーム
1、礼儀正しく、挨拶がしっかりできる
2、闘える
3、強い、弱いに関わらず、指導者の指導理念が見える

FCVは結構激しくディフェンスに行くと思う。でもファウルをしていいとは教えてないし、激しくも正当なタックルをするように指導してる。私やFCVからしてみたらただのタックルが相手次第では汚いプレーに見れるようだ。
私はファウルして相手オフェンスを止めるのは褒めない。
サッカーである以上ルールがある。ルールに則った上でのプレーを指導してるつもりだ。
シャツを引っ張る。気持ちはわかるが、ディフェンスで相手を止める自信がないからシャツを引っ張るんだろう。そんな汚い手を使ってまでサッカーをしたいとは思わない。

サッカーとは美しいスポーツだと思う。
その美しさを奪うようなプレーやスタイルのサッカーはしたくない。
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泣き崩れる

可児高校のコーチを始めて丸3年が経ちました。
現在は可茂の教育事務所に勤める私の高校時代にの恩師に誘われて快諾した時から指導してます。
いまだに覚えてますが、恩師からコーチの話があったときは嬉しかったな。
条件云々より『母校に対するやりがい』を得ていろんな経験をした。

渡辺コーチは私が可児高をみた1期生になる。2ヶ月ほどしかコーチングしてないが、毎日指導し、いいチームに仕上がったと思った。中濃地区は優勝したものの、県大会で雨の中思いもしない大差で敗れてしまった。雨の中で上手くアドバイスをできず、彼ら本来のパフォーマンスを発揮させられなかったのと、試合後に雨の中泣き崩れる姿がいまだに頭に残ってる。

彼らなりに最後の大会に懸けてきたものがあったんだろう。本気になって何かを達成させようとしたが、達成できなかった。いろんな悔しい気持ちで涙が出るんだろう。

昨年10月、中学新人戦で帝京に負けたFCVの2年が泣き崩れてた。
あの光景も忘れられない。今までに多くの負けたチームの泣き崩れる姿を見てきた。
でも、あの光景は凄まじいものだった。
彼らの夏休みを捨ててまで懸けた思いがあった。帝京に勝つためだけに、必死に野村の練習をこなしてきた。

そんな泣き崩れるのは見たくない。
4月から様々な種別の大会が始まる。各々の目標を叶えてあげれるようにしたい。と思う最近です。

コーチングスタッフ

この3月に2人のコーチングスタッフがいなくなりました。
神谷コーチは結婚してお寺の住職さんになるための修行に福井に行きました。
松田コーチは、現役復帰し、沖縄のかりゆしFC(九州リーグ)でプレーすべく沖縄に行きました。

正直寂しいですね(苦笑)
2人のコーチがいなくなるのは半年以上も前から分かっていたこと。
でもいざいなくなると・・・・。

神谷コーチ。
初めは私がNK可児(社会人チーム)の監督で、彼が選手という関係でした。
ギャグがヤバイほど極冷えで、プレーを叱るとすぐに不貞腐れる困ったチャンでした。
でも可児SS出身ということで可児SSのコーチに誘って、そのままFCVのスタッフにもなってもらい。
一緒に指導に関わる中でギャグも熱くなり、子供に物を教える以上は自分が大人にならないと、という意識で学生として珍しいほどしっかりした人間になってくれた。
学生でよくあるドタキャンは一度もなく、私がグランドに着くのが遅くなるときには、すでにナイターの鍵を取ってくれ、練習の用意までしてくれた。
私の指導のポイントを一番理解してるのは彼だったかな。常に私の元で私の指導のポイント、狙いなどを教えてきたから。そして彼の長所は、私の指導を再考し、もっといい指導メニューにしていったところ。
そんな神谷式のオモロイ指導を中濃少年トレセンの現小学6年にしてくれたので、トレセンメンバーの多くが中学になるとき、FCVを選んでくれたのだと思う。
彼にはしっかり修行して、素晴らしい住職さんになって欲しい。

松田コーチ
元プロ選手ということでスゴイヤツかと思っていたが、話してみるとそこら辺にいる気のいいお兄ちゃん。
そんな雰囲気が中学生には受けてた。
元プロというのを鼻にかけないホントにいいヤツだ。
しかし、試合中の観てるポイントは素晴らしかった。問題点がどこにあるのか?そんな能力が大変高かった。試合の分析は松田コーチの観てるポイントが一番的確だった。
しかし、彼は結構熱い男だった。ヒョウヒョウとしてるイメージがあるが、一度態度の悪いチームに負けたときには相手指導者にかなり怒ってたし。気持ちの入ってない選手は使えない、と精神面を熱く指摘したり。
彼のプロとして培った経験は多少なりとも中学生の力になっていると思う。
私の気づかない点を気づかせてくれたり、私の指導に与える影響も強かった。
彼は現役復帰し、かりゆしFCをステップとしてJFL、J2、J1でプレーして欲しい。
そして次に本当に現役引退を決めた時には、FCVの監督として戻ってきて欲しい。私は指導者としてもっと励みながらも、可児にしっかり組織化されたクラブの運営を進めたい。

そんな2人を欠くことの痛手はあるが、サッカー指導界ではよくあることだし、まずは野村自身の指導を確立すべく精進したい。

お手本をつくる

私が野球していた頃(小学4~6年)、私は内野守備なら立浪選手(現役中日ドラゴンズ選手)、外野守備なら彦野選手(元中日選手)のプレーを観て良く真似してた。その頃は、ボールを捕ってからの投げ方など参考にしてた。
でも、コーチにはプロの真似なんかしとんな!、と叱られた。
それでも遊びの時に、北別府(元広島)、郭ゲンジ(元中日)の投げ方や、八重樫(元ヤクルト)、クロマティ(元巨人)の打ち方を真似してた。
今でもたまに草野球をやる。そのときにピッチャーをやる時がある。
私が投げ方の参考にしてるのは、桑田投手(元巨人、現パイレーツ)だ。あの投げ方で投げるとしっかり思ったところにボールを投げれる。
私にとっての野球のお手本だ。

中学からサッカーを始めて打順も待たなくていいし、失敗してもコーチには殴られないしいいスポーツを見つけた(笑)
そんなサッカーで気づいたこと。中学時代におぼろげながら気づいた自分の能力。『得点力』。

私は足も速くないし、身長も高くないし、技術もなかった。
でも、①一瞬のスピード(1~3m)ではまずは負けない、②そして得点できる場所に動く、③プレー中のパスは下手なのに、シュートだけは確実に枠に入れる。
そんな3つの能力に気づいた。

チームでも一番下手だし、足も遅いが、サッカーで必要なゴールを決める。それが私の唯一の仕事であり、楽しみだった。90分間、相手ディフェンダーに押さえられててもいい。一瞬の動きで1つのゴールを決めればいいと思ってた。

そしてそんな自分の能力とプレースタイルを明確に理解した高校時代に、名古屋グランパスのFWには森山選手(現FC岐阜)や小倉選手(元名古屋、現TV解説者)がいた。
2選手と私に共通する点。ゴール前の自分の入りたいスペースを空けておくこと、またトラップの瞬間にどこにボールを置いたらゴールできるのかだった。
2選手のプレーを観て、常にゴールを奪うためにどうしたらいいのかを考えて勉強した。

当時のNHK衛星で森山選手のゴール集を放送した時には、ビデオに録画して何度も繰り返し観た。
いまだに森山選手のゴールは自分の頭にいいイメージとして残ってる。
私のサッカーのお手本は森山選手だ。

今現役でプレーしてる少年選手は自分のお手本はいるのかな?
ロナウジーニョでも、カカーでもいい。
お手本をつくり、その選手の真似をしてほしい。
それが自分自身のプレースタイルをつくっていくのだから。
そしていつかはそのお手本を越えてほしいな。

岐阜県トレセン

2007年度から、野村は岐阜県トレセンのスタッフに入ります。
これまでは、多くの方々から誘っていただきましたが、クラブの予定、小学、中学のトレセン、スクール、高校、キッズの指導など、予定の折り合いがつかずに断っていました。

しかし、ようやく日程的にも県トレセンに参加できるようになりました。
私なんかが岐阜県を代表する選手の指導者としてふさわしいかどうかはわかりません。
でも、人一倍の熱意と、より高いレベルの指導を学び、自身の指導の成長そして選手のより一層の成長のために頑張ります。