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2015 初蹴り



今年の初蹴りは、1月5日にKYBスタジアムで出来ました。

OBたちにとっては、念願だった人工芝(野球場ですが)ですね。

今年もたくさんのOBが来てくれました。

忙しいのにありがとう。

今年は景品にガンバ、日本代表の遠藤選手のサイン色紙、某高校よりスウェットの提供などあり、またレアルのユニフォームなど豪華景品でした。

指導者チームは予選リーグ突破後、今年も準決勝で負けました。

来年こそは優勝したい!
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長谷川豊さんのブログより

下記は長谷川豊さんのブログです。(静学のブログで知りました)
野村がいいなと思ったことを下線引いてみます。

≪本文≫
山手線に文句を言う若者に思う


クリスマスイブの前夜、総理官邸で安倍総理が会見を行った。

第97代。
これほど短い歴史しかないのに、もう97代目の総理である。ちなみにアメリカは220年ほどの歴史があるが、オバマ氏でやっと44代目である。日本がどれだけ総理大臣をとっかえひっかえしているかよく分かる。それだけ、政治に安定感がなく、言うこともやることもコロコロ変わっている象徴がこの「97代」という数字だ。

さて、筆者が安倍3次内閣に期待していることは言うまでもなく「憲法改正」である。

戦後、戦勝国であるアメリカに押し付けられた「日本、弱小化計画」の憲法。意外なもんで、そこそこ悪くない仕上がりの憲法だったりするのだが、そこはやはり、人様に押し付けられたものである。
戦争、戦争言ってるが、もう70年も前の話。筆者も含め、多くの日本人は受精卵にすらなっていない時代の価値観をいまだに押し付けられる謂れは全くない。言葉も難しい。もっと分かり易く、中学生くらいであれば、全文を完全に理解できるような文章に変えていいとすら思う。

安倍総理は「日本人に、日本という国を誇りに思ってほしい」という基本概念を持っている。

筆者もアメリカで生活をしていた経験から、この価値観はとても大切で必要な感覚であると思っている。アメリカ人だけでなく、中国人であっても、韓国人であっても、ヨーロッパ諸国は言うまでもなく、世界に住む人間たちは「自分たちの住んでいる国」を誇りに思っている。いろいろな良い面と悪い面があるとはいえ、自分という人間を形成し、育んでくれた土地と国を、やはり誇りに思い、また感謝している。日本人ってすごいのだが、この日本に対して文句を言う。



いや…ほんと…



よく言うな、と心底思う。日本人って文句を言わせれば、天才なんだと思う。あら捜しさせれば超天才なんだと思う。
はっきり言って、今の日本で不満があるのであれば、世界のどこに行っても生活できないと思う。誤解の無いように言っておくが、NYにはNYの、ロンドンにはロンドンの、例えば、筆者は昔3週間以上、カンボジアで取材をしながら、貧困層の少年たちと一緒に生活をした経験もあるが、カンボジアにはカンボジアの、それぞれ良さがあるし、それらはみな、素晴らしい文化だと思う。

しかし、これほどの治安。
これほどの教育水準。
これほどの清潔な住環境。
これほどの勤勉で真面目な国民の多さ。
これほど便利で住みやすい国は…


世界で、絶対に他にはない。これは世界の40か国以上を見てきた上で、心底思うことだ。唯一、実はドバイには筆者はまだ行ったことがない。申し訳ないが、ドバイは日本より上かもしれない。が、それ以外の主要な国には本当に全部行ったことがある。その上で、断言するが、

日本って、世界で断トツのナンバー1の国だ。

日本で文句言ってる方々、海外に頼むから一度住んでいただきたい。もちろん素晴らしい国はたくさんあるが、やはり、「総合力」という点では日本が頭1つどころか3つほど抜けている。筆者の感覚なのだが、日本人は、この日本に住めているという幸せに…全く感謝していないのではないかと思う。私たちは日本に住めているということに、本来はもっと感謝すべきだ。

先週のことだが、山手線の電車が1分ほど、遅れて入ってきた。すると、アナウンスが入った。
「お急ぎのところ、大変申し訳ございません。少々遅れての到着となりましたことをお詫び申し上げます」
1分で謝るのね、すごいな、と感心していると、筆者の横にいた若者カップルが吐き捨てるように言ったのだ。

「っとに、お詫びしますじゃねーよ!急いでるっつーのによ!」
「だよね~!」

筆者は自分は政治の世界に関わっていなくて心底よかったと思う。筆者が総理大臣になったら、まず、法改正をして、こういう若者を全員、「国外追放(1年間限定)の刑に処す」法案を提出する。有無を言わさず、ウガンダとかマダガスカルなどに追放したい。もしくは北極。

彼ら、いくら払ったのか知らないが、わずか1分の遅れを取り戻せないのだろうか?
彼ら、いくら払ったのか知らないが、詫びても許せないほどの罪が1分の遅れなのだろうか?
それ以前に、彼ら、一生懸命線路を敷き、交通網を整え、毎日変わらぬ時間で電車が運行され、時間通りに目的地に着ける国に住んでいることに、幸せは感じないのだろうか?これ、結構、世界的にはものすごいことなんだが…?

日本人が、「日本」という国を誇りに思え、「日本人である」ということに「感謝」し、毎日を送れるようになる、教育でもメディアでも何でもいいのだが、そんな空気感が出来れば、もっと日本には笑顔が増える気がする。「誇り」の方はまだなんとかなるのだが、とにかく「感謝」は絶望的に少ないと思う。日本で息吸ってるだけで、いったん感謝をした方がいいと思う。

誰が総理であれ、そこを正していけるような、そんな日本に、2015年はなって欲しいと切に願う。

2014→2015

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

年末からずっと考えていて、ブログで書こうとしていることがこれから書くこと。

『価値観』
選手に話す時、私の口から出る言葉は私の価値観を話している、伝えている。
私がいいと思うことを選手に話している。
私の価値観がいいものであればいいが、悪いものであれば、これは選手にとってはとんでもないことになってしまう。
それくらい責任の伴うことを生業にしているのだと改めて感じていた。

先日ヒマラヤに見たいものがあり入店した。
少しすると母親と高校生くらいの娘が入店してきた。
その娘、サーティーワンで買ったのかアイスを頬張りながら店の中を歩いていた。
お店の中で物を食べる→こぼした時に迷惑が掛かる(床)。もしも商品の服などについたら(地上)お店に迷惑、当然買いたくなくてもお買い上げ~。みたいな発想はあの親子にはないのか?
親の『価値観』からいけばセーフなんだろう。『恥ずかしく』もないんだろう。

たまに立ち食いや歩き食いしてる選手に注意する。
それは『恥ずかしい』ことだと。
そこには私の『価値観』を伝えている。

『恥ずかしい』
以前も書いたかも知れないが非常に重要な感情だと思う。
特に日本人にはシャイで物事をはっきりと言わない悪い意味で使われるが、先に【日本人として】という言葉が付けば、非常に誇り高いいい言葉になると勝手に思っている。
【日本人としての】『価値観』からすると恥ずべきことだとなる。

『善悪の判断』を教えるのは親の役目だと、以前某幼稚園の園長先生から諭していただいた。
本当にその通りだと思う。
産まれてきた子供には『善悪の判断』などなく欲望の赴くままに生きているのだと思う。
しかし、【日本人として】日本というコミュニティで生きて行くためには、【日本人として】の善悪の判断、言い換えると道徳なのか、そんなものが必要になってくる。
それをかわいい子供に伝えていくのが親の大きな役割だと思う。

その一方、こんなことを言いながらも『寛大』な心をもつのが日本人の良さだとも強く思う。
人がやらかしたことを咎めるより(子供がやらかしたことはある一方で別にしていく、なぜなら善悪の判断を伝えて行かないといけないため)、黙って許したり、そんなこともあるけど次頑張れと思える精神が日本人の『寛大』さの良さであり、いい意味でなあなあな世界でお互いを悪く言うのではなく、足りない部分も含めてその人のキャラクターとして認めれる、そんなことが日本人っぽくていいんだと思う。

最近ではやれだれだれがなんかしただの、すぐに揚げ足とったり、80%はいい人なのに悪い部分の20%を大きく80%に見せたりのマスコミなど、日本人の良さである『寛大』さを忘れている話が多すぎる。

宗教論争が起きないのも日本人の寛大さがあるからこそ、いろんな考え方があっていいということじゃないだろうか。

あーだこーだ書いたが私の考えていたことを余り整理せずに書いてみた。
後から文章を見て、変だなと思ったらガッツリ変えて行きますので、とりあえず私の今の頭の中の葛藤などを書いてみました。

いずれにしても上述したようなことをまた考えながら、今年のFCVにしていこうと思います。