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おぉっ!!



本田圭佑「チームのためというのを履き違えている」/日本代表

ISM - 2009/6/11 0:58

 2010年W杯アジア最終予選は10日、第7戦の試合が行なわれ、グループAですでに本大会行きを決めている日本はホームでカタールと1対1で引き分けた。以下、試合後のMF本田圭佑(VVV/オランダ)のコメント。

本田 
「日本のサッカーははまったときはいいけど、はまらなかったときの打開策が少ない。似たような選手が11人いるから、誰が打開するのかというのが出てきている。レベルも上がってくれば、もっと出てくる。俺とか大ちゃん(松井)とか、持ったら仕掛けられる人は流れを変えられる役割を求められていると思うし、交代で出て、流れを変えることを意識していた。結果的に同点だけど、課題が見えてよかったと思う。予選は突破しているわけだし。

(日本は回し過ぎていたようにも見えたが?)俺の価値観が変わったからね。日本人に受け止められるかは分からないけど、サイドの選手は仕掛けるもの。サイドにまでパサーだとサッカーにならない。これは俺の考えだけど。黒人なんてガンガン行くし、パスなんて出さない。パスはセンタリングまでしない。サッカーも結局は一対一、どっちが勝つかを競うスポーツ。それが11対11になると俺は思っている。目の前のやつに勝って、自分のエリアでは絶対に負けない、ということを考えている。

(積極的に仕掛けていたが?)状況を考えたら得点が欲しかったし、自分ができたらと思っていた。突破だけでは物足りないし、自分がねらいにいく場面をもっと増やせれば。もう少し時間があればできたかなと思う。

(グラウンドを広く使えていなかったが?)グラウンドを広く使うことは選手の距離が広がるけど、そうなったときに日本の考えでは選手が孤立してプレスされて潰されると考える。距離を縮めてパスコースをふたつ、3つ作るのが今の日本のサッカー。はまるときはいいけど、はまらないと苦しい。今日はできなかっただけ。結果的には今日は広く使った方がよかった。サイドで仕掛ければ向こうのラインが下がるので、出たときにはそうしてやろうと思っていた。

(岡田監督からは)何をやったらダメとか言われていない。自分のいいところを出せと言われている。サイドから仕掛ける特徴をもっと出していきたい。みんな、(ボールを)持ったらパスを出すところを探している感じで強引さがない。チームのためというのを履き違えているという気がしないでもない」


以下野村のコメント

私は本田が嫌いでした。だって生意気だもんよ。
でもね、今回のコメントで好きになりました。(ゲイではありませんよ)

私が中学Aチームで、特にサイドの選手に言うことと被ってる。

『チームの為に何をするのか?』
『チームの為にキミができること、すべきことは?』
『野村やチームメイトがキミに期待してることは?』

日本人の感覚だとチームの為にパスを動かして攻撃していこうとか、チームの為に守備でカバーに入ったりとか。
いやドリブルが得意な選手であれば、チームの為にドリブル突破してフィニッシュもしくはラストパス、クロスとプレーしてくれればいい。私がサイドのスペシャリストに伝えること、『2回に1回ドリブル突破で勝てればいい。失敗を気にするな。チームの為にドリブルしろ!』
そんなことを言うんだよね。

本田も私もオランダサッカーから影響を受けているからこんな考え方なんだろうか?
オランダ人の下で勉強していた時に感じたこと。オランダ人ってのはつくづく論理的に物事を考える、無駄なことはしない。目的に対して答えを素早く出そうとする。

本質を見逃すな!ってのが今回の本田の話じゃないかな。と思い妙に感心して納得して今日は眠れそうです。

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RSA



Republic of South Africa : RSA

2010年にワールドカップが行われる南アフリカの正式名称。
通貨はランド。1ランド:12円程度です。
食事は数多くの国の食事が食べれて美味しいです。
私が滞在した時のイタリア料理店のピザ、ギリシャ料理店のケバブみたいなのが特に美味しかった。また、フェイエノールト下部組織の選手寮の食事は現地人(黒人)用の食事で始めは食べれるのか??という感じでしたが一度選手と一緒に食べたら意外に(?失礼?)美味しかったです。
もともと好き嫌いのなく、食べれるものは美味しいと感じてしまう私には大満足な食事でした。

今日、ナイタースクールが雨天中止になったので、ワールドカップ予選の後半から日本vsカタールを観戦しました。内容は観たとおりのよくないものでしたね。まぁ、私が語れるほど、簡単な試合ではないのですが、一言だけ。国を代表して死合をやる気迫を感じる選手は皆無でしたね。転んでいつまでも芝生の感触を楽しんでるのか起きない日本を代表する選手。情けなくなります。戦術的なことなどは別にどーだっていいし、俺に容易に理解できるものではないので語らない。

と代表戦はいいとして、その後の『報道ステーション』での南アフリカ特集をみた方いますか??

私が行ったことのあるショッピングセンターが映ってたりと懐かしい感じがしましたね。現地に住む日本人の家やホテルのセキュリティーについての話がありましたが、あれは真実だしあのセキュリティだけでは不足してるだろうな~(っていうか私のいた6年前と同じじゃん)って感じでした

南アフリカの人口の8割が黒人で、多くの国民がサッカーに熱狂し・・・・みたいなことを行ってましたが。
私が南アフリカのプロサッカーリーグを観戦した時、デカイスタジアムに観客は数百人程度しかいませんでした。アフリカチャンピオンを決めていく試合だったにも関わらず・・。

また旧黒人居住区に住む大人にインタビューし、その子供にもアフリカンドリームといって彼のサッカー選手になる夢について語らせていましたが。
・・・・。
彼の夢はかなり現実離れしてるでしょう。いや、あるいはテレビ局に・・。

以前話したかな??
私はあまりテレビを観ません。だって真実を伝えることがなかなかないからさ。

なんか卑屈っぽくなってきたので止めます。

なんにせよ、あと1年で本当にあのヤバイ国で世界最大の祭典が行われるのですね。
私も行きたいです。しかし6月は多分来年のクラブユースを闘っている時期でしょう、日本代表が絶対に負けられない闘いをしてる時、FCVも絶対に負けられない戦いをしてる??ワールドカップ期間は日本全国民は公式戦をしてはいけないとかサッカーはプレーせず必ず観戦しましょうとかそんなサッカー協会のルールもしくは国の法律ができないかな~(笑)

で、私は以前滞在した時の少ないコネクションを生かしてチケットを確保し、柴田コーチとホテルも確保せず、バックパッカーで肝試しに行きたいな~と妄想しております。(バックパッカーなんかしたら多分90%の確率で死ぬでしょうね)いや、柴田コーチと一緒なら死ぬ確率は50%に減りそうだな(笑)




可児高校



5月30日土曜日の午後、美濃加茂シティホテルでの可児高校30周年パーティーに参加しました。

これだけを聞くと、すごく愛校心のある人だと思われますが・・。

1週間前、とある高校の先輩から『可児高が30周年記念でパーティーを開くんだが、参加者が少ないのでなんとか来てくれ!』との依頼。自分の予定をみると、午前に中学Aチームの練習。あまり乗り気ではなかったが、先輩のお願いとあり、参加することに。※伊藤コーチも先輩の依頼を受け、午前中に○○中のバスケ部顧問として試合をしてから参加

そんな裏話のあるパーティーに参加。
先輩に『ネクタイ着用ですか?それともそれなりの小奇麗な格好でいいんですか?』と聞くと、『まぁ、午前中に式典があり、それに参加する教員の方たちはネクタイはめてるけど、一般の人はいいよ。』との回答。

会場に入るなり・・
場違いな自分に気づきました。参加者の9割以上が教員(もしくは元教員)で、式典に参加した方ばかりで、ネクタイはめてないのは私だけ。あーやってまった。

記憶が蘇る。
南アフリカでのコーチ修行中、とある大会にフェイエノールトが参加した時に、パーティーがありそれに参加した。当然サッカーの修行に行ってるのに、正装なんて持って行ってない。執事していたオランダ人コーチに正装を持ってないから参加できないよ、と伝えたところ、いや関係ない、来ればいいよと促され会場に着くと、ライフル持った警備員がぞろぞろいて物々しい雰囲気。私はジャージではないが、普段着に近い格好(それしかないので)で参加すると映画に出てくるような外国のパーティー風景。
思いっきり場違いな人になっていました。

そんな雰囲気の中、パーティーが始まる。
いろんな人の話があり、まったくもってつまらんかった。話は長いし、内容はないし。
しかし学校創設に関わった人たちから創設時の熱い思いだけはしっかり伝わった。こういった可児高校に対する熱い思いを持った人たちがいて可児高校があるんだと実感した。

パーティーの最後には校歌を歌った。参加者全員で校歌を歌う。吐きそうだった。
なんか変な宗教団体みたいで寒気がした。横にいた2つ年下の卒業生は会場の変な雰囲気に耐えられず会場を後にしてた。その変な雰囲気が続いて、ガンバローコールというものもやった。
ガンバローコール:確かセンター試験の時に可児校生全員で叫ぶもの。

まーとにかく変な雰囲気のぱーてーでした。
そんなぱーてーを過ごしながら思い出したこと。

私は15期生で、スパルタ教育の可児高校、大学進学の為の可児高校というイメージはほとんど薄れ掛けて、自由な可児高校というイメージになりつつあった時期を過ごした。

可児高校に入学したのは、サッカーするため。
同じ中学からトレセンに入ってて加茂高校に行こうとした仲間を可児高校に誘った。
入学してもほとんど練習させてもらえず、1年夏に学校を辞めようとした。
自分は勉強しなくても勉強できると思ってたが、高校入って周りのレベルの高さに勘違いしていたと気づかされた。
周りの友達がネクタイをはめない中、なぜかネクタイだけはきちっとはめてた。暑い時期は下は体操服の短パン、上はカッターシャツにネクタイをしっかり締めてた。
練習試合だけど岐阜工業に勝ち、各務原にも公式戦で勝った。それでも記録は県ベスト8止まり。(岐阜レベルの話ですみません)
休日の部活後、彼女と一緒に帰る。当然ヘルメット着用ですけどね。
インターハイが終わり、猛勉強した(か??)

卒業後

自分が体を動かしたくて、部活に顔を出した。
コーチを初めて、すぐに恩師が可児高校のコーチに誘ってくれた。
渡辺コーチが選手、私がコーチという立場での5年前、いまだにあの時の可児高サッカーが一番印象に残ってる。
県大会で帝京とベスト4を架けて闘い、延長でVゴール負けした。
○○○りょうというアニマルみたいなオモロイやつに出会った。(彼は中学3期生の選手のお兄ちゃん)
高校の授業の関係で週1回しか指導できなくなり、可児高のコーチを辞める。
それから2年か?初めて教え子が可児高校に入学。
FCVだけでなく、可児SS時代に関わった選手を含めるとかなり多くの教え子が可児高校に入学したと聞いた。

そんなことを思った。

これからは可児高校への思いはそんなに強いものではなくなっていくだろう。
それでも、可児高校のお陰で、私にはいろんな思い出が溢れている。





中学生へ



これから暑いシーズンが始まります。
2、3年生は知ってますが、FCVの夏は暑いです。

暑いシーズンの熱中症対策として、写真のスポーツミネラルを摂取するようにしておいて下さい。

商品は、ヒビノスポーツの2階サッカーコーナーレジの前にあります。
トレーニングや試合の前に飲むように心がけましょう。